巻名について
| 本文中に、「御つぼねは桐壺なり」とあるのによった。また、「御前の壷前栽の・・・盛りなる」によって、「壷前栽」 「かがやく日の宮ときこゆ」によって「輝く日の宮」ともいう。 |
| 源氏誕生から十二歳までの十二年間である。 桐壺更衣の死は二十歳ごろらしく、源氏三歳の夏秋の間であった。 更衣には兄がおり(賢木巻)源氏の祖母の死は四十四歳ころだろうか。 |
| 桐壺更衣の寵愛と他界、桐壺帝の悲嘆、源氏の優秀なこと、藤壺と源氏との関係の萌芽、源氏の元服、結婚などを主としている。多くの問題を一巻にかき集めた形。 ●桐壺更衣は桐壺帝の恩寵を独占した。更衣は帝だけを頼りにして過ごした。 ●桐壺更衣は光源氏を生んだ。帝はますますその母子を寵愛した。女御、更衣の嫉妬は一層激しくなる。特に弘徽殿女御は、古参の上に皇子もあり、意地も悪かった。 ●桐壺更衣は元来が病弱な上に、周囲からいじめられて病気が重くなり、里にさがってすぐに他界した。葬式は愛宕で執行せられたが、帝の悲嘆は言語に絶した。 ●靫負の命婦が、更衣の里邸を見舞ってその状況を細かく復命した。帝は更衣追慕のあまり、悲嘆の心は深くなってゆく。 ●源氏の祖母は源氏が六歳のときに他界し、源氏は七歳のときに御書始めをした。源氏は幼時から、音楽にも学問にも優れていたけれども、相人の意見に従い、帝は源氏に姓を賜って臣下とせられた。 ●藤壺女御が入内した。桐壺更衣に生き写しなので、帝寵が原く、世に「輝く日の宮」と呼ばれ、源氏は「光君」と呼ばれた。「光君」は「輝く日の宮」が懐かしくて親しんだ。 ●源氏は十二歳で元服した。左大臣が加冠を承った。その夜、源氏は左大臣の姫君と結婚したが、葵上は年長であったため、源氏はどことなく葵上が気に入らず、ただ藤壺が慕わしい。しかし結婚後の今では藤壺に逢うことが不可能である。それだけにかえって慕わしさは増す。 ●源氏も桐壺を曹司とし、故桐壺更衣の里邸を改築した。これが二条院である。 |