空蝉

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●巻名・期間・あらすじ
●系図

寝られたまはぬままには、「われは、かく人に憎まれてもならはぬを、今宵なぬ、はじめて憂しと世を思ひ知りぬれば、はづかしくて、ながらふまじくこそ、思ひなりぬれ」などのたまへば、涙をさへこぼして臥したり。いとらうたしとおぼす。手さぐりの細く小さきほど、髪のいと長からざりしけはひの、さまかよひたるも、思ひなしにや、あはれなり。あながちにかかづらひたどり寄らむも、人わろかるべく、まめやかにめざましとおぼし明かしつつ、例のやうにもんたまひまつはさず、夜深う出でたまへば、この子は、いといとほしく、さうざうしと思ふ。
女も、なみなみならずかたはらいたしと思ふに、御消息も絶えてなし。おぼし懲りにけると思ふにも、やがてつれなくて止みたまひなましかば憂からまし、しひていとほしき御ふるまひの絶えざらむも、うたてあるべし、よきほどに、かくて閉ぢめてむ、と思ふものから、ただならず、ながめがちなり。
君は、心づきなしとおぼしながら、かくてはえ止むまじう御心にかかり、人わろくおもほしわびて、小君に、「いとつらうも、うれたうもおぼゆるに、しひて思ひかへせど、心にしも従はず苦しきを、さりぬべきをり見て、対面すべくたばかれ」とのたまひわたれば、わづらはしけれど、かかるかたにても、のたまひまつはずは、うれしうおぼえけり。をさまきここちに、いかならむをり、と待ちわたるに、紀伊の守、国に下りなどして、女どりのどやかなる夕闇の道たどたどしげなるまぎれに、わが車にて率てたてまつる。この子もをさなきを、いかならむ、とおぼせど、さのみもえおぼしのどむまじかりければ、さりげなき姿にて、門などささぬさきにと、急ぎおはす。
人見ぬかたより引き入れて、おろしたてまつる。童なれば、宿直人なども、ことに見入れ追従せず、心やすし。東の妻戸に立てたてまつりて、われは南の隈の間より、格子たたきののしれて入りぬ。御達「あらはなり」と言ふなり。「なぞ、かう暑きに、この格子はおろされたる」と問へば、「昼より西の御方のわたらせたまひて、碁打たせたまふ」と言ふ。さて向かひゐたらむを見ばや、と思ひて、やをら歩み出でて、簾のはさまに入りたまひぬ。
この入りつる格子はまだささねば、隙見ゆるに、寄りて西ざまに見通したまへば、この際に立てたる屏風も、端のかたおし畳まれたるに、まぎるべき几帳なども、暑ければにや、うち掛けて、いとよく見入れらる。火、近うともしたり。母屋の中柱にそばめる人やわが心かくると、まづ目とどめたまへば、濃き綾の単襲なめり、何にかあらむ上に着て、頭つきほそやかに、ちひさき人の、ものげなき姿ぞしたる。顔などは、さし向かひたらむ人などにも、わざと見ゆまじうもてなしたり。手つき痩せ痩せにて、いたうひき隠しためり。今一人は、東向きにて、残るところなく見ゆ。白き羅の単襲、二藍の小袿だつもの、ないがしろに着なして、紅の腰ひき結へる際まで胸あらはに、ばうぞくなるもてなしなり。いと白うをかしげに、つぶつぶと肥えて、そぞろかなる人の、頭つきものあざやかに、まみ口つきいと愛敬づき、はなやかなる容貌なり。髪はいとふさやかにて、長くはあらねど、さがりば、肩のほどきよげに、すべていとねぢけたるところなく、をかしげなる人と見えたり。むべこそ、親の世になくは思ふらめと、をかしく見たまふ。ここちぞ、なほ静かなるけをそへばやと、ふと見ゆる。かどなきにはあるまじ、碁打ち果てて、闕さすわたり、心とげに見えて、きはきはとさうどけば、奥の人はいと静かにのどめて、「待ちたまへや。そこは持にあらめ。このわたりの劫をこそ」など言へど、「いで、このたびは負けにけり。隅のところどころ、いでいで」と、指をかがめて、「十、二十、三十、四十」などかぞふるさま、伊予の湯桁もたどたどしかるまじう見ゆ。すこし品おくれたり。たとしへなく口おほひて、さやかにも見せねど、目をしつとつけたまへれば、おのづからそば目に見ゆ。目すこし腫れたるここちして、鼻などもあざやかなるところなうねびれて、にほはしきところも見えず、言ひ立つれば、わろきによれる容貌を、いといたうもてつけて、このまされる人よりは心あらむと、目とどめつべきさましたり。にぎははしう愛敬づきをかしげなるを、いよいよほこりかにうちとけて、笑ひなどそぼるれば、にほひ多く見えて、さるかたにいとをかしき人ざまなり。